富山事業所「ばあちゃん、家でお正月を迎えよう」

富山市新庄小5年 M・Sさん


私のばあちゃんは去年の秋、多発性がんという病気で、あっという間にねたきりになり入院した。私達家族にとって本当に「突然」の出来事で、ショックと不安でいっぱいだった。私のピアノの発表会に気力をふりしぼって来てくれたのだろう。次の日から全く歩けなくなってしまった。ばあちゃんはいつでも私のピアノの大ファンであり、よき理解者である。

病院では、じいちゃんが夕方から朝まで付きそいをし、昼間は母がお世話に行った。私は休みの日にお見舞いに行ったが、抗ガン剤治療の副作用のため、しだいに食欲がなくなり、日々元気もなくなるばあちゃんを見るのが本当につらく悲しかった。私はばあちゃんが少しでも元気になるように、ばあちゃんの動かない足をピアノの鍵盤に見立て、歌いながら弾いた。ばあちゃん、元気になって、足動いてという願いを込めて。

ばあちゃんは、「お正月まで生きられようかねえ」と弱々しく言った。私達家族は、絶対大丈夫と信じて、お正月を病院で迎える準備をした。じいちゃんは、今まで見たこともない、すばらしく立派なおせち料理を注文したし、母はばあちゃんが食べたいと言ったお雑煮を用意した。元日は早朝から病院に行き、床にシートを広げ、まるでピクニックのようだった。のぞきにきた看護師さん達も、「こんなの見たことない」とおどろいていたが、ばあちゃんに、「Tさん、よかったね」とうれしそうに言っていた。ばあちゃんは食べたかったお雑煮を一口だけ食べて、「自分の家の味がする。本当においしい」と言って泣いた。それを見た私は、来年のお正月は絶対家で迎えさせてあげたい。せめて車いすに乗れるようになってくれればいいのになあと思った。

 奇跡は起こった。今年の八月、ばあちゃんのがん転移が減ったので退院できたのだ。奇跡って本当に起こるんだと最高にうれしかったが、なんだか不思議な気がする。なぜなんだろうと自分なりに考えてみた。一日も休むことなく病院へ行き、お世話したじいちゃんと母。ばあちゃんの食べれそうな物をわざわざ作ってくださった近所の方。毎週水曜欠かさず励ましに来てくださったお友達。入院中に出会った温かい患者さん達。そして一年間お世話してくださった看護師さん達。治療に全力をつくしてくださった先生方。これらすべての人の心が結集したからだとしか考えられない。これこそ、本当の奇跡だと思った。
 
家に帰ってからばあちゃんはどんどん元気になっている。お正月は家で迎えられそうだ。今ばあちゃんは立つ練習をしている。だから再び歩く日も近いと信じ、家族一丸となって、力と心を合わせていきたいと思う。