沖縄事業所「患者様からご投稿いただきました」

 「私の病名は、脊髄小脳変性症、進行性です。病気を宣告されたのが16歳。元気なその頃は、無知でした。その後、20代で結婚でき、仕事もバリバリやってきました。そして男の子を二人授かりました。ありがたいことに、病気は私に重くのし掛かることなく、母としての役目も終わり、主人と義理の父母との残り少ない人生を楽しもうと思っていました。ところが、病気は私の事を覚えていたらしく、10年前、再びジワリジワリと重くのし掛かってきました。」

「40代を病床で過ごし、我慢の生活。痛いと口にすることなくただひたすら障害者という生活に慣れることに専念してきました。介護度5の認定を受け、ヘルパーさんとの生活が始まりました。自分の意思を伝えることの難しさを痛感し、待ちと我慢の生活でした。痛みとの格闘、ヘルパーさんへのお願い、薬の副作用による無気力・倦怠感。障害を受け入れ、死への道を整理していくことが一番難しいことでした。」

おばあさんと家族
「でも、病気を受け止めなくては前に進めない。何から始めたらいいのか。私はいつしか絵を描き上げていました。前向きな言葉がたくさん書き記されています。しかし、私にはこの作業に覚えがないのです。よほど大変な時期を過ごしていたのだと改めて我ながら感心し、涙が溢れ出てきます。」

「いろいろな時を越え、こんな私よりも先に義母が天国に先立ち、一昨年は実家の父が先立ちました。しかし去年は喜びも与えられました。次男が女の子に恵まれ、長男が遠い北海道から帰郷。今年はにぎやかに家族が揃ってお正月を迎え、孫のハイハイに家族中が笑いで一杯でした。
病気で過ごした10年間でしたが、振り返ると病気で気づかされた家族の絆。そして在宅マッサージを通しての人との出会い。

これからもふれあいの皆さん、私の頑固なコリを優しく(しっかり) ほぐしてください。」