山梨事業所「あきらめない いそがない」 

山梨県甲府市 K・Aさん(45歳)


あきらめない/いそがない/うらまない/えらぶらない/おおきな人間になろう

Kさんが福祉講話の講師として小学校に招かれた際に、子供たちの顔を見ながら即興で作った詩です。言葉の頭が「あいうえお」になっています。
 Kさんが詩を書き始めたのは小学3年生くらいの頃。伝記が好きだったKさんは、石川啄木や宮沢賢治に影響を受け、自分の思いをタイプで打っていました。「友達がいなかったから、気持ちのはけ口として作っていた」というKさん。当時の国語の先生が「上手だね」とほめてくれたのがうれしくて、それから一生懸命作るようになったそうです。
 Kさんは8ヶ月の早産で生まれ、脳性小児麻痺と診断されました。全身に痙性麻痺があり、意志とは関係なく手足が動いてしまう不随意運動という症状があります。周囲に障害が理解されず、本当につらい日々だったと母のAさんは言います。誰にも頼めず、どこへ行くにもKさんを連れて歩きました。通りすがりの人たちからひどい言葉を投げかけられ、親類からも迷惑がられました。涙の絶えない毎日でしたが、助けてくれる人もたくさんいました。「Aのおかげで学ぶことが多かった。ボランティアにも参加できたし、友達もたくさんできたしね」と笑顔で話す母の力強さは、Aさんの人生に大きく影響したことと思います。

詩集
「詩を作るのは自分との闘い。どうしても力がはいっちゃって手足が突っ張っちゃって、ものすごく疲れる。主治医の先生にも詩を1/3にしろって言われてる。これ以上首と肩の筋肉を傷めたら治せないって。だからマッサージが必要なんだよ」。Kさんにとって詩を書くことは、生きている証であると同時に、命を削るほどの苦行でもあるのです。
 いろいろな人に詩作を依頼されるKさん。そのために「たくさん引き出しを持っていたいから」、知らない人との新たな出会いを求めて、いろいろな所へ旅に行きます。どこへ行くにも一緒だったお母様に代わって、今ではヘルパーさんやボランティアの友人が付き添います。10年前にはアメリカ西海岸へも行きました。付き添ってくれたボランティア同士が結婚した!なんて素敵なこともありました。その一つ一つの出来事は、Kさんの心を通して詩に生まれ変わります。「どこへ行っても、たいがい親切な人に出会うよ」。それはKさんの人懐こい笑顔のおかげかもしれません。
 20歳の頃から続けている福祉講話も430回以上を数えました。学校だけでなく刑務所や看護学校、愛育会からも依頼があります。小学生の頃から厚生省(当時)に陳情に行くなど人前で話す機会が多かったので、講演は得意分野です。原稿なしのぶっつけ本番。その場の雰囲気に合わせて即興で話します。普段は先生の話をきちんと聞いていられない子供たちも、Kさんの話には真剣に聞き入り、感想文を送ってくれるそうです。小学校でKさんの生い立ちを聞いて、医師になった子もいます。「そういうみんなに勇気づけられて、助けられてる」とKさんは言います。
 今の目標は10年前に6冊目を出してからストップしている詩集の出版。実は出版社からオファーは来ているのだそうです。唯一の壁は資金。自己負担額を稼ぐため、今はせっせと詩を作り、賞に応募しています。沼津市芸術祭には2年連続入選しましたが「入選じゃ賞金はないんだよね~(笑)」とおどけてみせます。
 今年は、自分との厳しい対峙である詩作とは別に、思いつくままをのんびりと綴るエッセイも書きたいと言います。そしてアメリカのボストンにレッドソックスの試合を観に行きたい! Kさんの世界はまだまだ広がります。

何度も
何度も
風は吹いた
その都度 流されようとした
その風は危ないから やめろ と
とめられた
きっとそこは日溜まりなのかもしれない
何回も
何回も
壁に突き当たり
その都度 くじけそうになった
大丈夫だ やってみろ と
肩を押された
そこは壁ではなく扉だったんだよ
(時のあけぼの)

あさひの ように
いのちの 中から
うまれ出る
えがおで
おおらかに 生きていこう
かなしみは
きぼうにかえて
くるしいことも
けっしてムダではない
こころの宝になる
(いのちの唄)