群馬事業所「独学で覚えたパソコンで手作り句集」

群馬県高崎市 K・M様(84歳)


高崎市にお住まいのMさんの趣味は俳句作り。何句作ったか覚えていられないくらい、たくさん作品があるそうです。最初に作った句は満州からの引き上げ船の中。60数年前、22~23才くらいの時だったそうです。
満州からどのくらい船に揺られたでしょうか。ふと外を見たら遠くに日本が見えて来て、頭に「故郷(ふるさと)の 霞む連山 遥かなり」と浮かんだそうです。満州で生まれ育ち、19歳くらいの時に満州鉄道(通称「満鉄」)に勤務。関東軍に召集され、戦争を体験したそうです。それは、想像を絶する世界だったのではないでしょうか。
ソ連の国境で爆撃を受け、目の前で何人もの仲間を失いました。その後、中国軍の捕虜になり、大変な思いをしてきたことと思います。それでも物資だけは豊富で、あまり困ったことはなかったと言います。むしろ日本に帰国してからのほうが楽ではなく、布団も食料もままならず、草の実等を食べていた、という状況だったそうです。生きていくことが大変で、俳句を考えている余裕などありませんでした。
 その後、吾妻で開拓し、ほどなくして仕事の関係から高崎に移り住み、生活が落ち着いてから、再び俳句を考えるようになったそうです。しかし昭和62年に頚椎性脊椎症を患い、ペンを持つ手に力が入らなくなっていきました。そこでワープロを見よう見真似で始め、句を思いつくとワープロに打つ毎日。その後、主治医の勧めでパソコンに切り替えましたが、病気のためパソコン教室に通うこともできず、本を見ながら独学で操作を覚えたそうです。今ではパソコンに俳句を入力し、プリントアウトして自ら製本し、作品を残しています。

平成4年頃には、俳句の会を立ち上げました。当時は30人くらい生徒さんがいたそうです。同時に版画にも精を出すようになりました。しかし平成15年頃に脳梗塞を発症。幸い症状は軽かったのですが、だんだん身体の自由もきかなくなり、俳句の会も辞めざるを得なくなり、残念ながら自然解散となってしまいました。
現在は手の震えや膝の痛み、手指の拘縮に耐えながら、日に10句ほど考えているMさん。毎回スタッフが伺うのを楽しみに待っていてくれます。今は、ご夫婦で仲良く暮らしながら、次なる作品集に向けて日々パソコンに向かっている毎日だそうです。これからも何十冊と増やして、たくさんの方に読んで頂けるよう頑張って欲しいと思います。

パソコン

昨日(きのう)来(き)て 今朝(けさ)来(き)て 匂(にお)う 青田(あおた)かな  (平成7年度NHK杯全国俳句大会特選)
方丈(ほうじょう)の 先(ま)ず 酔(よ)うて居(お)り 花(はな)の宴(えん)  (平成11年度NHK杯全国俳句大会入選)
風鈴(ふうりん)に 旅愁(りょしゅう)深(ふか)まる 馬(ま)籠(ごめ)宿(しゅく)
同(おな)じ絵(え)の 描(か)けぬ 絵(え)手紙(てがみ) 花芒(はなすすき)
好日(こうじつ)の そのまま暮(く)れて 春(はる)の月(つき)