山梨事業所「明るく楽しく、頑張り過ぎない」

山梨県甲州市 C・Oさん(72歳)


 「これ、Oさんからです」。そう言って、Y施術者がくれたのは小さな千代紙。開いてみると、かわいらしい小さな折鶴が羽を広げて貼り付けてあります。「あけましておめでとうございます 本年もよろしく…」。Oさんからの年賀状でした。
 「材料はほとんどが100円ショップ。主人に連れて行ってもらっては、何千円もまとめ買いするの。この間なんか『こんなに買ってどうするんですか』って店員さんに聞かれたから、『売るんです』って冗談で言ったらびっくりしてたわ」といたずらっ子のように笑うOさん。座ってお話されている様子からは、とてもご病気だとは思えません。
Oさんは若い頃からスポーツ好きで、ソフトボールにバレーボール、サッカーなどで活躍し、地域の体育協会活動にも積極的に取り組んできました。その他にも女性の生涯学習推進事業企画推進委員やねたきりゼロ推進本部推進会議委員、県食生活改善推進員連絡協議会の会長も務め、平成7年には中国で開催された北京女性会議にも出席した行動派でした。周りの人たちからの信望も厚く、頼まれると嫌とは言えないOさんは、さまざまな委員としてたくさんの会議に出席したそうです。

そんな元気なOさんが最初に異変を感じたのは平成10年。家で手の運動をしていたところ、左手の動きが鈍いと感じました。「もしかして脳梗塞?」と心配になり、病院で検査を受けたら「紹介状を書きますので、神経内科を受診してください」と言われました。診断名は「パーキンソン病」。徐々に振戦や歩行困難などの症状が進み、数年後、会議での発表の際に資料を持つ手が震えてしまい、「これはいけない。もう役は全て降りよう」と決断しました。
「昨日できたことが今日はできない。こんなに悔しいことはないわ」。それでもOさんは負けません。出かけることが少なくなったので、前から好きだった手仕事に打ち込むようになりました。花刺繍や小物作りなど細かい手作業に時間を忘れて熱中。出来上がった作品は、友人知人に配ります。「手を動かしていること自体が楽しくて、誰かにもらってもらうことも嬉しいの。リハビリにもなるし、私の張り合いになっています」
Oさんの張り合いがもう一つ。それはマッサージです。「いつもは筋肉がコチコチで人の足を借りているような感じだった右足が、マッサージのおかげで一昼夜楽だった。こんなことは初めて。感動しました」
「嘘を言えば(大げさに言えば)、マッサージの後は跳んで歩ける。医療保険が使えるなんて、こんないい制度、知らない人が多いと思う」

折り鶴
マッサージを受けながら、「マッサージ師の地位向上のためには、若い人がもっと頑張らなきゃ!」とY施術者に発破をかけるOさん。マッサージ中のこんなおしゃべりも、Oさんにとっては大事な時間。「とても聞き上手で、何でも話せるから気が楽で、目一杯しゃべって聞いてもらっています。私なんかたまにお友達が連れ出してくれるからいいけれど、病気を抱えて出歩けない人も多いでしょ。そこへマッサージに来て、季節の移り変わりを知らせてくれたり、話を聞いてくれたり。本当に素晴らしい仕事だと思うわ」
自分の時間ができてからは、手紙もよく書くようになったそうです。「あなた、まさかへこんでないでしょうね」。旧知の友が病気になり、ふさいでいると聞いて、すぐに手紙を書きました。「あなたが落ち込んでいたら、家族は辛い。あなたがちょっと笑えば、安心して勉強や仕事に励めるのだから、どうか笑ってあげて。そうすればみんな幸せになる。どうせなら笑って毎日を過ごした方がいい」。
「人にはよく言えるのよね」とOさん。「私にはその人の気持ちがよく分かるの。私もずっとそうだったし、今もまだ納得できていないから」
「でも患者もできることは自分でやらなきゃ」とOさん。「私は頑張っているから、これ以上頑張らないのよ。頑張ってる人には『頑張って』なんて言っちゃ駄目よ」
病気と不安と闘いながら、それでもいつもユーモアを忘れない。Oさんの明るい笑顔と楽しいおしゃべりに、元気をもらいました。