山形事業所「人生55年に感謝!今後も頑張るぞ」

山形県山形市 S・Oさん(55歳)


デイサービスでふれあい在宅マッサージのパンフレットを見て、「これはいい!」とすぐに電話されるくらい、とっても実行力のあるOさん。
初めてお会いした時、ベッドの中から仕事の深いところまで質問され、もっと在宅マッサージを普及させるにはどうしたらいいのか、親身になって考えてくださいました。その瞳の力強さに圧倒されたことを覚えています。Oさんからパソコンでの文章をいただきましたので、ご紹介いたします。

「私は昭和30年1月2日、青森県で丈夫に生まれました。
生後8ヶ月目で当時流行していたポリオになりました。2歳の時、風邪をこじらせ、慢性小児ネフローゼにかかりました。3歳の時、父の転勤で、実家である山形に引っ越してきました。

私は慢性小児ネフローゼのため、入退院を繰り返し、本当は6歳で小学校に入学するところ、当時の主治医の先生から1年間延期して療養するよう言われ、翌年4月から小学校に入学しました。
担任の恩師Y先生から大変慈愛を受けました。みんなと一緒に給食が食べられないので、母が2年間給食の時間、私の弁当を作ってくれました。その後、3年生から病気も治り、普通の生活ができるようになりました。妹が生まれたのが、ちょうどその頃です。

 小学、中学、高校、大学まで行かせていただきました。卒業後、山形に戻り、福祉用品販売会社に入社しました。3年目、人工透析を受けることになりました。会社の配慮で、夜間透析しながら約30年間仕事をさせていただきました。この間に何度も入退院し、合併症も多く、周囲の方々に、本当に、感謝しております。」

ベッドに入ったおじいさん
 「3年前、狭心症になり、ペースメーカーを入れてから、寝たきり状態になりました。そのため、デイサービスに週2回通所することになり、そこで「ふれあい在宅マッサージ」のパンフレットを見つけました。
山形事業所の和田さんに連絡して、すぐにいらしていただくことになり、現在、週3回程度施術していただいております。結城先生、豊島先生、渡部先生、軽部先生、山形事業所の方々に本当に感謝しております。おかげさまで、今年の11月で透析30年になります。今後とも、わがままな私ですが、よろしくお願いいたします。」