仙台事業所「病と共に家族と生きて」

宮城県仙台市 S・Cさん(77歳、脳梗塞・左大腿骨骨折)


 Cさんは、昭和1ケタ生まれで子供のころに戦争を経験しました。ご自身いわく「大将ではなく、№2ですよ!」という、元気いっぱいの「自称:悪がき」でもあったそうです。大柄な体型の通り、気持ちもおおらかで、とても親しみ易い方です。
 終戦後は、父親の建築板金の仕事を手伝い、二代目として会社を大きくしました。かつてはトタン屋根の職人さんで、重いトタンを屋根に運ぶ大変危険なお仕事をされ、仕事中に二階から落ちて骨折する大けがもされました。「今は地上から屋根へ部材を運ぶエレベーターがあるが、昔はそんな便利な物がない時代だった。今の屋根職人は恵まれている」と仰っていました。
 奥様と二人三脚で、あちこちの現場でさまざまなご苦労をされてきたそうで、仙台の夜のネオン街・国分町の飲食店に始まり、東北6県以外にも那須(栃木県)の飲食店の厨房のステンレス加工や取り付けも手掛け、忙しい日々だったそうです。マッサージ中にはご夫婦で昔話に花が咲き、現役時代を懐かしみ、時には涙ながらに語ってくださいます。

 そんなCさんが仕事を離れることになってしまったのは4年前でした。脳梗塞で倒れ、8ヵ月後に退院された時には、左上下肢の麻痺により、一人で歩くのもままならず…。デイケアでのリハビリとともに、自宅でふれあいのマッサージを受けることになりました。当初は麻痺側の腕と足・肩関節の痛みとつっぱり感のため、寝返りや起き上がり、立ち上がりに時間がかかりましたが、徐々に動きが早くなり、力強さも見られるようになりました。
 しかしベッドからずり落ちた際に左大腿骨を骨折され、左股関節だけでなく左膝・左肩関節の激痛のため触ることも動かすこともできない状態がしばらく続きました。それでも骨折以前のように回復されたのは、マッサージに重ならないようショートステイ予定を組んで下さるなど、一度も休むことなく、痛みに耐えながらマッサージと拘縮緩和の可動域訓練を続けておられたことと、腰痛を抱えながらの奥様の献身的な介護があったからでしょう。
 

金づちのイラスト
 現在は、息子さんが三代目として跡を継いでいます。三代目社長さんへもインタビューをお願いしていましたが、納期が近づいており忙しいため叶いませんでした。取材している部屋に隣の作業場から金物を打つ小気味いい音がカンカンと聞こえ、「Cさんへの応援歌」でもあるかのように響いていました。そして、同居のお孫さんも大きく成長し、安心して毎日を暮らしているように感じました。

「目標は、歩けるようになること」と話すCさん。元気になったら、やさしい奥様と旧所・名跡や温泉めぐり、以前に感動した東北工業大学からの景色を見に行ったり、自宅すぐ前の国分町の“サロン”荒らしに行きたいそうです。Cさんの温かく優しく朗らかな性格から、賑やかで楽しいお出かけの光景が目に見えるようです。旅行や“サロン”荒らしに行けるよう、三人の施術者と奥様と一緒に頑張りましょう。