千葉事業所「不器用なふたり」

 ご逝去されてしまった患者様との思い出をお話しさせていただきます。
 Hさんは99歳というご高齢にもかかわらず、年齢を感じさせない若さをお持ちの方でした。今から2年前、初めて訪問した時は「無口な方だな」という印象を受けました。
 最初が肝心だから、会話を盛り上げようと思ってあれこれ話しかけても、一言二言返事が返ってくるだけ。長年腰痛を抱えてきたため、どこか諦めているようにも見えました。それでも少しずつでも良くなってもらいたい、という気持ちで週2回のマッサージに伺っていました。

 それから3ヶ月位経ったある日のこと。
 いつものように訪問すると、嬉しそうな顔をして「腰が楽になったよ。仰向けに寝ても痛くない!」とお話しくださいました。
 それまでは、高倉健を地で行っているような無口な方だったので、素直に喜んでくださったことは意外でした。何よりも腰の痛みが軽減したことでマッサージを認めていただけたことを嬉しく思いました。
 その頃から、Hさんもご自身のことを少しずつ話されるようになりました。生い立ち、現役時代の仕事のこと、先に他界された奥様のこと。奥様のことを話される時に「ワイフが…」という言葉が自然に口から出てくるあたりは、やはり高倉健を想像させます。
 私の気持ちにもHさんの部屋を眺める余裕が生まれました。お気に入りの帽子が沢山飾ってあったり、奥様と出かけた旅行先での想い出のアルバムがあったりと、いろいろなことを聞かせていただきました。

 その頃からではないでしょうか。施術後にお茶を飲んでいかないか?とお誘いを受けるようになったのは。
 初めのうちは次の患者様がお待ちということもあり、お断りしていました。しかし、毎回のお誘いを断りきれずにお茶を頂いてから次のお宅へ向かうようになりました。
 本当に自分の家族のように接してくださる方でした。施術の後のお茶タイムは居心地が良かったのを覚えています。
 ある時、施術の時間変更をお願いすることになり、訪問する2日前に電話をかけました。電話を切ろうとした時、Hさんは何かを言いたそうな感じがありました。しかし、その時は深く考えることもなく、そのまま電話を切ってしまいました。
 そして、それが最後の会話になりました。

二杯のお茶のイラスト

 その時のことを思うと、もう少し気持ちに余裕を持って話を聞こうとすればよかった、と後悔しています。100歳を前にして、突然のお別れでした。
 独居のため、身の回りのことはお一人でなさっていました。そんなH様を心から尊敬していました。
 我々は明日が来ることを当たり前に考えすぎていたのかもしれません。H様との出会いは私にとって、施術師人生を歩んでいく上でかけがえのないものになりました。
 きっと今頃、天国で奥様と一緒に仲睦まじく寄り添っていることと思います。

千葉事業所 神田 浩士