フレアス通信 第三号

札幌事業所「俳句のとりこです」 

昭和20年頃、勤め先の炭鉱の俳句クラブに入ったSさんは、俳句のとりこになってしまい、以来、「S啼渉」と言う俳号で俳句を詠み続けていらっしゃいます。

群馬事業所「いつまでも舞台に・・・」 

リウマチになって15年。後頭部脊柱から腰部は人工骨、両股関節は人工関節に置換されているKさん。ヘルパーさんが毎日入っていますが、現状の維持向上のためにご自分でも出来ることは行われています。

富山事業所「温かい手」

Sさんのお宅にお伺いすると、お部屋のベッドには所狭しと編み物やレース編み、フェルト人形、壁にはたくさんの水彩画や刺繍、紙粘土細工など。「これでもほんの一部なんですよ」と微笑むSさん。

福岡事業所「笑顔が素敵な頑張り屋さん」

「Yちゃん!」。初対面でもついそう呼びかけたくなる人なつっこい笑顔。Yさんは、誰もがその笑顔に引き込まれる、そんな魅力的な女性です。

群馬事業所「ものづくりが生きがい」

Sさんは現在、後縦靭帯骨化症と変形性脊椎症を患っており、部屋の中を移動するのもシルバーカーを使用している状態です。

熊本事業所「熊本事業所最初の患者様」

熊本県熊本市・N・Nさん(79歳) 「健康で長生きしたい!」。誰もが持つ願いです。熊本大学病院で放射線科の医師として30年間勤務し、地域医療に貢献してきたN先生にとってもその想いは同じでした。 そんなN先生を突然の病魔が

山梨事業所「あきらめない いそがない」 

あきらめない/いそがない/うらまない/えらぶらない/おおきな人間になろう
Kさんが福祉講話の講師として小学校に招かれた際に、子供たちの顔を見ながら即興で作った詩です。

富山事業所「ばあちゃん、家でお正月を迎えよう」

私のばあちゃんは去年の秋、多発性がんという病気で、あっという間にねたきりになり入院した。私達家族にとって本当に「突然」の出来事で、ショックと不安でいっぱいだった。

沖縄事業所「患者様からご投稿いただきました」

私の病名は、脊髄小脳変性症、進行性です。病気を宣告されたのが16歳。元気なその頃は、無知でした。その後、20代で結婚でき、仕事もバリバリやってきました。

金沢事業所「楽しみは新聞に投稿すること」

平成16年11月15日、Yさんがいつものように孫と一緒にお風呂に入り、ソファに掛けた瞬間、左の肘の辺りにビリッと電気が走りました。「何だろう・・・」と思いつつ、看護師の娘さんに話すと「お母さん、じっとしていて!お父さん!お父さん!早く!救急車!」と叫びました。