フレアス通信 第四号

仙台事業所「暖かなご家族」 

Sさんご夫妻にマッサージに伺うと、笑顔が絶えずほっと心が和みます。Iさんのご実家は農家で、役所にお勤めの合間に野菜作りをなさっていたそうです。

仙台事業所「すばらしい方々のお陰の人生」

いつも感謝の言葉を述べられるAさんは、病に倒れられる前には長く病院の薬剤師として活躍されていました。

群馬事業所「やってできないことはない」

Oさんは平成18年7月、脳内出血で倒れられました。それまでお元気だったOさんにとって、まさに青天の霹靂(へきれき)でした。

沖縄事業所「いつか島へ帰る日のために」

台湾までわずか111kmという日本最西端の国境の島、与那国島をご存知でしょうか。平成15年にフジテレビで放送された「Dr.コトー」のロケ地になった、断崖絶壁に囲まれた孤島です。

札幌事業所「被爆を乗り越え」

Oさんは被爆体験をお持ちです。長崎生まれで20歳の時に原爆投下。警察署に勤務で、ご本人は建物内でいたことが幸いしたとおっしゃっていますが、友人の多くは兵器工場勤務中に亡くなられたとか。室内にいてもピカッとものすごい光だったそうです。

埼玉事業所「継続は力なり」

Hさんは62歳頃リウマチになり、仕事を辞め東京から埼玉に転居されました。奥様のご趣味が絵更紗ということで、その作品の表装をと、専門の教室で技術を習得され、更に地域の表装クラブで技術を磨かれました。

山梨事業所「信念を貫き通す」

「誰が何と言おうと、自分の信念を貫き通す。自分の体のことは自分が一番よく分かるんだから、自分が納得できなきゃ先生の言うことでも聞かない。やっかいな患者だよ」。そう言って笑うUさんは、命の危機を何度もくぐり抜けてきた不死身の男です。

福岡事業所「今日も一日ありがとう」

「Kさーん、マッサージに来られましたよー」。家族の呼びかけにゆっくりと椅子から降り、這いながら布団の敷いてある奥の座敷に移動するKさん。通過地点にあるお仏壇に手を合わせることも忘れません。

金沢事業所「自分のことは自分で」

平成12年に脳梗塞を発症。バタンと倒れ、10日間ほど意識不明でした。意識が戻った時には左半身が麻痺していました。3ヶ月のリハビリを終え、退院しましたが、自宅に戻ってからは運動の機会も減り、寝ていることが多くなりました。

熊本事業所「至福の時間」

K様は手足のしびれ・全身の痛み・冷えを訴えられ、マッサージに伺うことになりました。今では「身体に柔軟性がでてきて、マッサージの効果が現れているとリハビリの先生から言われるんですよ」とご家族も喜んでくださっています。

富山事業所「笑顔の素敵な努力家」

Yさんのお住まいは、梨の産地・富山市呉羽にあり、梨畑に囲まれています。4月には一面に白い梨の花が見え、お伺いした8月末には、幸水が鈴なりに実り、Yさんのお部屋からも、おいしそうな梨が見えました。